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3月11日。忘れない。忘れないように。

その時、会社の車で福岡市内を移動中だった。
カーラジオのAMから国会中継が流れていた。
午後2時40分過ぎ
いきなりぴ~ろぴ~ろという音とともに
緊急地震速報が入った。
東北地方で大きな地震だということはすぐに分かった。
国会中継がスタジオからのアナウンサーの声に変った。
東京のスタジオも大きく揺れているとアナウンサーが動揺した声で言った。
大きな津波が来る可能性が高いと言っていた。10mを超えるとも言っていたと思う。
すぐに自宅に電話し、妻に東北で本当に大きな地震が起きてるようだと説明し、
栃木に住んでる妻の両親が無事か確認するよう伝えた。
その後、取り引き先の社員が持っていた携帯のワンセグで
大きな津波がどこかの街を飲み込む様子を中継で見た。
こんなことが日本でも起きるんだと驚いた。
東北のどの辺なんだ?
宮城県に住む祖母が頭をよぎった。
その時すでに祖母と連絡を取ることは出来なくなっていた。
祖母が居た町は壊滅状態だった。
同じ街に住むおじとはその後連絡が取れ無事が確認できた。
高台に住んでいた祖母は運良く助かり避難所にいたそうだ。
東北が物凄く悲惨な状況になっているということは直ぐに認識できた。
千葉の元同僚が近くのコンビナートで大爆発が起きたとメールしてきた。
家族と非難したそうだ。
茨城との県境に住む栃木県の友人が心配だった。
停電が長く続き、あいているマーケットの商品はほとんど売りきれていると言っていた。
ガソリンも買えなくなったと言っていた。
福島に住んでいる知り合いは大丈夫なのか。
連絡を取る方法すらなくなった。
福島の原子力発電所が大変なことになっているとのこと。
チェルノブイリと同じようなことが日本でも起きているのか。
大変な事故が起きることもあるということが証明されてしまったのだ。
電力会社だけではもうどうにもならないことが誰にも分かった。
事故の可能性が1%でもある限り安全ではないという事を
電力会社の意に反してさらけ出し尽くしていた。
初めての事態に政府の対応もぎこちない。
日本が壊れかけていると思った。
自分たちは何をすればいいのだ。
考えても何もすることが出来ない現実。
義援金を寄付することぐらいしかできなかった。
時間が過ぎていくにつれ、被災地の現実の一部が情報として目に見えてきた。
そこにいた人たちの計り知れない悲しみ、苦しみ、嘆き、
そして数多くの助け合い、人を思いやる気持ち、みんなで生きていこうとする力。
惨状を目の当たりにした救助活動する人たちの苦悩と使命感。
1年が経とうとしている昨今、メディアでは毎日のように震災の番組が流れている。
来年はこの番組の数もきっと減るはずだ。
でもあの日の事を忘れてはいけない。
一年前、阪神淡路大震災の事をどれだけの人が遠い記憶としてしまいこんでいただろうか。
自分もそうだった。
忘れてはいけないことってあるんだ。
そして今回の震災はずーっと終わらない。
数十年の先まで終わらないんだよ。
栃木県の友人が毎日ガイガーカウンターで数値を計っている。
彼は言っていた。
表に出てない情報満載だよこっちは・・と

震災の検証ニュースを見るといつも思う。
大丈夫かこれからの日本はと。
そして今自分に出来ることは何なんだと。

それはこれからも変わらないような気がするが、

3月11日は、

『今日、明日を一生懸命生きていこうと思う。』

そう思える日にしたい。

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[ 2012/03/10 20:29 ] ひとりごと | TB(0) | CM(0)

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